ってるだろう」
 津田はわざと時計を出さなかった。小林は振り返って正面の壁の上に掛っている大きな柱時計を見た。針は指定の時間より四十分ほど先へ出ていた。
「実は僕も今来たばかりのところなんだ」
 二人は向い合って席についた。周囲には二組ばかりの客がいるだけなので、そうしてその二組は双方ともに相当の扮装《みなり》をした婦人づれなので、室内は存外静かであった。ことに一間ほど隔《へだ》てて、二人の横に置かれた瓦斯煖炉《ガスストーブ》の火の色が、白いものの目立つ清楚《せいそ》な室《へや》の空気に、恰好《かっこう》な温《ぬく》もりを与えた。
 津田の心には、変な対照が描き出された。この間の晩小林のお蔭《かげ》で無理に引っ張り込まれた怪しげな酒場《バー》の光景がありありと彼の眼に浮んだ。その時の相手を今度は自分の方でここへ案内したという事が、彼には一種の意味で得意であった。
「どうだね、ここの宅《うち》は。ちょっと綺麗《きれい》で心持が好いじゃないか」
 小林は気がついたように四辺《ぐるり》を見廻した。
「うん。ここには探偵はいないようだね」
「その代り美くしい人がいるだろう」
 小林は急に大きな
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