》は買ったのかい」
「いいえ、これあたしの御古《おふる》よ。この冬着ようと思って、洗張《あらいはり》をしたまま仕立てずにしまっといたの」
なるほど若い女の着る柄《がら》だけに、縞《しま》がただ荒いばかりでなく、色合《いろあい》もどっちかというとむしろ派出《はで》過ぎた。津田は袖《そで》を通したわが姿を、奴凧《やっこだこ》のような風をして、少しきまり悪そうに眺めた後でお延に云った。
「とうとう明日《あした》か明後日《あさって》やって貰う事にきめて来たよ」
「そう。それであたしはどうなるの」
「御前はどうもしやしないさ」
「いっしょに随《つ》いて行っちゃいけないの。病院へ」
お延は金の事などをまるで苦にしていないらしく見えた。
十九
津田の明《あく》る朝《あさ》眼を覚《さ》ましたのはいつもよりずっと遅かった。家の内《なか》はもう一片付《ひとかたづき》かたづいた後のようにひっそり閑《かん》としていた。座敷から玄関を通って茶の間の障子《しょうじ》を開けた彼は、そこの火鉢の傍《そば》にきちんと坐って新聞を手にしている細君を見た。穏やかな家庭を代表するような音を立てて鉄瓶
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