て好いかって」
奥へ入った看護婦はすぐまた白い姿を暗い室《へや》の戸口に現わした。
「今ちょうど二階が空《あ》いておりますから、いつでも御都合の宜《よろ》しい時にどうぞ」
津田は逃《のが》れるように暗い室を出た。彼が急いで靴を穿《は》いて、擦硝子張《すりガラスばり》の大きな扉を内側へ引いた時、今まで真暗に見えた控室にぱっと電灯が点《つ》いた。
十八
津田の宅《うち》へ帰ったのは、昨日《きのう》よりはやや早目であったけれども、近頃急に短かくなった秋の日脚《ひあし》は疾《と》くに傾いて、先刻《さっき》まで往来にだけ残っていた肌寒《はださむ》の余光が、一度に地上から払い去られるように消えて行く頃であった。
彼の二階には無論火が点いていなかった。玄関も真暗であった。今|角《かど》の車屋の軒灯《けんとう》を明らかに眺めて来たばかりの彼の眼は少し失望を感じた。彼はがらりと格子《こうし》を開けた。それでもお延は出て来なかった。昨日の今頃待ち伏せでもするようにして彼女から毒気を抜かれた時は、余り好い心持もしなかったが、こうして迎える人もない真暗な玄関に立たされて見ると、やっ
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