内面から看破《みやぶ》る機会に出会った事のない津田にはまたその言葉を疑う資格がなかった。彼は大体の上で夫人の実意を信じてかかった。しかし実意の作用に至ると、勢い危惧《きぐ》の念が伴なわざるを得なかった。
「心配する事があるもんですか。細工はりゅうりゅう仕上《しあげ》を御覧《ごろ》うじろって云うじゃありませんか」
 いくら津田が訊《き》いても詳しい話しをしなかった夫人は、こんな高を括《くく》った挨拶《あいさつ》をした後で、教えるように津田に云った。
「あの方《かた》は少し己惚《おのぼ》れ過ぎてるところがあるのよ。それから内側と外側がまだ一致しないのね。上部《うわべ》は大変|鄭寧《ていねい》で、お腹《なか》の中はしっかりし過ぎるくらいしっかりしているんだから。それに利巧《りこう》だから外へは出さないけれども、あれでなかなか慢気《まんき》が多いのよ。だからそんなものを皆《み》んな取っちまわなくっちゃ……」
 夫人が無遠慮な評をお延に加えている最中に、階子段《はしごだん》の中途で足を止《と》めた看護婦の声が二人の耳に入った。
「吉川の奥さんへ堀さんとおっしゃる方から電話でございます」
 夫人は
前へ 次へ
全746ページ中541ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング