ません」
「じゃ延子さんはまるで知らずにいるのね、あの事を」
「ええ、少くとも私からは何にも聴《き》かされちゃいません」
「そう。じゃ全く無邪気なのね。それとも少しは癇《かん》づいているところがあるの」
「そうですね」
 津田は考えざるを得なかった。考えても断案は控えざるを得なかった。

        百三十八

 話しているうちに、津田はまた思いがけない相手の心理に突き当った。今まで清子の事をお延に知らせないでおく方が、自分の都合でもあり、また夫人の意志でもあるとばかり解釈して疑わなかった彼は、この時始めて気がついた。夫人はどう考えてもお延にそれを気《け》どっていて貰《もら》いたいらしかったからである。
「たいていの見当はつきそうなものですがね」と夫人は云った。津田はお延の性質を知っているだけになお答え悪《にく》くなった。
「そこが分らないといけないんですか」
「ええ」
 津田はなぜだか知らなかった。けれども答えた。
「もし必要なら話しても好ござんすが……」
 夫人は笑い出した。
「今さらあなたがそんな事をしちゃぶち壊《こわ》しよ。あなたはしまいまで知らん顔をしていなくっちゃ」
 
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