ち設《もう》けた老女はその後《あと》からも現われる様子をいっこう見せないので、お延はいつもの予期から出てくる自然の調子をまず外《はず》させられた。その時彼女はお秀を一目見た眼の中《うち》に、当惑の色を示した。しかしそれはすまなかったという後悔の記念でも何でもなかった。単に昨日《きのう》の戦争に勝った得意の反動からくる一種のきまり悪さであった。どんな敵《かたき》を打たれるかも知れないという微《かす》かな恐怖であった。この場をどう切り抜けたらいいか知らという思慮の悩乱でもあった。
 お延はこの一瞥《いちべつ》をお秀に与えた瞬間に、もう今日の自分を相手に握られたという気がした。しかしそれは自分のもっている技巧のどうする事もできない高い源からこの一瞥《いちべつ》が突如として閃《ひら》めいてしまった後であった。自分の手の届かない暗中から不意に来たものを、喰い止める威力をもっていない彼女は、甘んじてその結果を待つよりほかに仕方がなかった。
 一瞥ははたしてお秀の上によく働いた。しかしそれに反応してくる彼女の様子は、またいかにも予想外であった。彼女の平生、その平生が破裂した昨日《きのう》、津田と自分
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