ここまではすべての順序が津田の思い通りに行った。しかしその後《あと》には、書面を認《したた》める時、まるで彼の頭の中に入っていなかった事実が横《よこた》わっていた。手紙はすぐお延の手に落ちなかった。
 しかし津田の懸念《けねん》したように、宅《うち》にいなかったお延は、彼の懸念したように病院へ出かけたのではなかった。彼女は別に行先を控えていた。しかもそれは際《きわ》どい機会を旨《うま》く利用しようとする敏捷《びんしょう》な彼女の手腕を充分に発揮した結果であった。
 その日のお延は朝から通例のお延であった。彼女は不断のように起きて、不断のように動いた。津田のいる時と万事変りなく働らいた彼女は、それでも夫の留守《るす》から必然的に起る、時間の余裕を持て余すほど楽《らく》な午前を過ごした。午飯《ひるめし》を食べた後で、彼女は洗湯《せんとう》に行った。病院へ顔を出す前ちょっと綺麗《きれい》になっておきたい考えのあった彼女は、そこでずいぶん念入《ねんいり》に時間を費やした後《あと》、晴々《せいせい》した好い心持を湯上りの光沢《つやつや》しい皮膚《はだ》に包みながら帰って来ると、お時から嘘《
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