った。平生の用心を彼から奪ったこの場合は、彼を怱卒《そそか》しくしたのみならず彼の心を一直線にしなければやまなかった。彼は手紙を持ったまま、すぐ二階を下りて看護婦を呼んだ。
「ちょっと急な用事だから、すぐこれを持たせて車夫を宅《うち》までやって下さい」
 看護婦は「へえ」と云って封書を受け取ったなり、どこに急な用事ができたのだろうという顔をして、宛名《あてな》を眺めた。津田は腹の中で往復に費やす車夫の時間さえ考えた。
「電車で行くようにして下さい」
 彼は行き違いになる事を恐れた。手紙を受け取らない前にお延が病院へ来てはせっかくの努力も無駄になるだけであった。
 二階へ帰って来た後《あと》でも、彼はそればかりが苦《く》になった。そう思うと、お延がもう宅《うち》を出て、電車へ乗って、こっちの方角へ向いて動いて来るような気さえした。自然それといっしょに頭の中に纏付《まつわ》るのは小林であった。もし自分の目的が達せられない先に、細君が階子段《はしごだん》の上に、すらりとしたその姿を現わすとすれば、それは全く小林の罪に相違ないと彼は考えた。貴重な時間を無駄に費やさせられたあげく、頼むようにして
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