があった。その額は無論大したものではなかった。しかし大した額でないだけに、これという簡便な調達方《ちょうだつかた》の胸に浮ばない彼を、なお焦《いら》つかせた。
 彼は神田にいる妹《いもと》の事をちょっと思い浮べて見たが、そこへ足を向ける気にはどうしてもなれなかった。彼が結婚後家計|膨脹《ぼうちょう》という名義の下《もと》に、毎月《まいげつ》の不足を、京都にいる父から填補《てんぽ》して貰《もら》う事になった一面には、盆暮《ぼんくれ》の賞与で、その何分《なんぶん》かを返済するという条件があった。彼はいろいろの事情から、この夏その条件を履行《りこう》しなかったために、彼の父はすでに感情を害していた。それを知っている妹はまた大体の上においてむしろ父の同情者であった。妹の夫の手前、金の問題などを彼女の前に持ち出すのを最初から屑《いさぎ》よしとしなかった彼は、この事情のために、なおさら堅くなった。彼はやむをえなければ、お延の忠告通り、もう一返父に手紙を出して事情を訴えるよりほかに仕方がないと思った。それには今の病気を、少し手重《ておも》に書くのが得策だろうとも考えた。父母《ふぼ》に心配をかけない程
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