なかった。たとい自分に何とも云わないまでも、お秀には溜飲《りゅういん》の下《さが》るような事を一口でいいから云ってくれればいいのにと、腹の中で思った。
先刻《さっき》から二人の様子を見ていたそのお秀はこの時急に「兄さん」と呼んだ。そうして懐《ふところ》から綺麗な女持の紙入を出した。
「兄さん、あたし持って来たものをここへ置いて行きます」
彼女は紙入の中から白紙《はくし》で包んだものを抜いて小切手の傍《そば》へ置いた。
「こうしておけばそれでいいでしょう」
津田に話しかけたお秀は暗《あん》にお延の返事を待ち受けるらしかった。お延はすぐ応じた。
「秀子さんそれじゃすみませんから、どうぞそんな心配はしないでおいて下さい。こっちでできないうちは、ともかくもですけれども、もう間に合ったんですから」
「だけどそれじゃあたしの方がまた心持が悪いのよ。こうしてせっかく包んでまで持って来たんですから、どうかそんな事を云わずに受取っておいて下さいよ」
二人は譲り合った。同じような問答を繰り返し始めた。津田はまた辛防強《しんぼうづよ》くいつまでもそれを聴《き》いていた。しまいに二人はとうとう兄に向わ
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