百八

 彼女がわざとらしくそれをお秀に見せるように取扱いながら、津田の手に渡した時、彼女には夫に対する一種の注文があった。前後の行《ゆき》がかりと自分の性格から割り出されたその注文というのはほかでもなかった。彼女は夫が自分としっくり呼吸を合わせて、それを受け取ってくれれば好いがと心の中《うち》で祈ったのである。会心の微笑を洩《も》らしながら首肯《うな》ずいて、それを鷹揚《おうよう》に枕元へ放《ほう》り出すか、でなければ、ごく簡単な、しかし細君に対して最も満足したらしい礼をただ一口述べて、再びそれをお延の手に戻すか、いずれにしてもこの小切手の出所《でどころ》について、夫婦の間に夫婦らしい気脈が通じているという事実を、お秀に見せればそれで足りたのである。
 不幸にして津田にはお延の所作《しょさ》も小切手もあまりに突然過ぎた。その上こんな場合にやる彼の戯曲的技巧が、細君とは少し趣《おもむき》を異《こと》にしていた。彼は不思議そうに小切手を眺めた。それからゆっくり訊《き》いた。
「こりゃいったいどうしたんだい」
 この冷やかな調子と、等しく冷やかな反問とが、登場の第一歩に
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