ボル》ではなかった。不自然に抑《おさ》えつけられた無言の瞬間にはむしろ物凄《ものすご》い或物が潜んでいた。
 二人の位置関係から云って、最初にお延を見たものは津田であった。南向の縁側の方を枕にして寝ている彼の眼に、反対の側《がわ》から入って来たお延の姿が一番早く映るのは順序であった。その刹那に彼は二つのものをお延に握られた。一つは彼の不安であった。一つは彼の安堵《あんど》であった。困ったという心持と、助かったという心持が、包《つつ》み蔵《かく》す余裕のないうちに、一度に彼の顔に出た。そうしてそれが突然入って来たお延の予期とぴたりと一致した。彼女はこの時夫の面上に現われた表情の一部分から、或物を疑っても差支《さしつか》えないという証左《しょうさ》を、永く心の中《うち》に掴《つか》んだ。しかしそれは秘密であった。とっさの場合、彼女はただ夫の他の半面に応ずるのを、ここへ来た刻下《こっか》の目的としなければならなかった。彼女は蒼白《あおしろ》い頬《ほお》に無理な微笑を湛《たた》えて津田を見た。そうしてそれがちょうどお秀のふり返るのと同時に起った所作《しょさ》だったので、お秀にはお延が自分を出し
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