百三
彼女が医者の玄関へかかったのはその三四分前であった。医者の診察時間は午前と午後に分れていて、午後の方は、役所や会社へ勤める人の便宜《べんぎ》を計るため、四時から八時までの規定になっているので、お延は比較的閑静な扉《ドアー》を開けて内へ入る事ができたのである。
実際彼女は三四日《さんよっか》前に来た時のように、編上《あみあげ》だの畳《たたみ》つきだのという雑然たる穿物《はきもの》を、一足も沓脱《くつぬぎ》の上に見出《みいだ》さなかった。患者の影は無論の事であった。時間外という考えを少しも頭の中に入れていなかった彼女には、それがいかにも不思議であったくらい四囲《あたり》は寂寞《ひっそり》していた。
彼女はその森《しん》とした玄関の沓脱の上に、行儀よく揃《そろ》えられたただ一足の女下駄を認めた。価段《ねだん》から云っても看護婦などの穿《は》きそうもない新らしいその下駄が突然彼女の心を躍《おど》らせた。下駄はまさしく若い婦人のものであった。小林から受けた疑念で胸がいっぱいになっていた彼女は、しばらくそれから眼を放す事ができなかった。彼女は猛烈にそれを見た。
右手にある小さい
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