「私は言葉に重きをおいていやしません。事実を問題にしているのです」
「事実とは何だ。おれの頭の中にある事実が、お前のような教養に乏しい女に捕《つら》まえられると思うのか。馬鹿め」
「そう私を軽蔑《けいべつ》なさるなら、御注意までに申します。しかしよござんすか」
「いいも悪いも答える必要はない。人の病気のところへ来て何だ、その態度は。それでも妹だというつもりか」
「あなたが兄さんらしくないからです」
「黙れ」
「黙りません。云うだけの事は云います。兄さんは嫂《ねえ》さんに自由にされています。お父さんや、お母さんや、私などよりも嫂さんを大事にしています」
「妹より妻《さい》を大事にするのはどこの国へ行ったって当り前だ」
「それだけならいいんです。しかし兄さんのはそれだけじゃないんです。嫂さんを大事にしていながら、まだほかにも大事にしている人があるんです」
「何だ」
「それだから兄さんは嫂さんを怖《こわ》がるのです。しかもその怖がるのは――」
 お秀がこう云いかけた時、病室の襖《ふすま》がすうと開《あ》いた。そうして蒼白《あおしろ》い顔をしたお延の姿が突然二人の前に現われた。

      
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