るなと、あれだけお延に注意しておいたのに」
 彼は神経の亢奮《こうふん》を紛《まぎ》らす人のように、しきりに短かい口髭《くちひげ》を引張った。しだいしだいに苦《にが》い顔をし始めた。そうしてだんだん言葉少なになった。
 津田のこの態度が意外の影響をお秀に与えた。お秀は兄の弱点が自分のために一皮ずつ赤裸《あかはだか》にされて行くので、しまいに彼は恥《は》じ入って、黙り込むのだとばかり考えたらしく、なお猛烈に進んだ。あたかももう一息《ひといき》で彼を全然自分の前に後悔させる事ができでもするような勢《いきおい》で。
「嫂さんといっしょになる前の兄さんは、もっと正直でした。少なくとももっと淡泊《たんぱく》でした。私は証拠のない事を云うと思われるのが厭だから、有体《ありてい》に事実を申します。だから兄さんも淡泊に私の質問に答えて下さい。兄さんは嫂さんをお貰《もら》いになる前、今度《こんだ》のような嘘《うそ》をお父さんに吐《つ》いた覚《おぼえ》がありますか」
 この時津田は始めて弱った。お秀の云う事は明らかな事実であった。しかしその事実はけっしてお秀の考えているような意味から起ったのではなかった。
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