、彼女に後悔させるために。けれども彼はそれを適当に云い現わす言葉を知らなかった。たとい云い現わしても彼女に通じない事はたしかであった。通じるにしても、自分の思い通りに感じさせる事はむずかしかった。彼は黙って心持を悪くしているよりほかに仕方がなかった。
 お秀の方を向き直ったとっさに、また感じ始めた局部の収縮が、すぐ津田にこれだけの顛末《てんまつ》を思い起させた。彼は苦《にが》い顔をした。
 何にも知らないお秀にそんな細かい意味の分るはずはなかった。彼女はそれを兄がいつでも自分にだけして見せる例の表情に過ぎないと解釈した。
「お厭《いや》なら病院をお出《で》になってから後にしましょうか」
 別に同情のある態度も示さなかった彼女は、それでも幾分か斟酌《しんしゃく》しなければならなかった。
「どこか痛いの」
 津田はただ首肯《うなず》いて見せた。お秀はしばらく黙って彼の様子を見ていた。同時に津田の局部で収縮が規則正しく繰り返され始めた。沈黙が二人の間に続いた。その沈黙の続いている間彼は苦い顔を改めなかった。
「そんなに痛くっちゃ困るのね。嫂《ねえ》さんはどうしたんでしょう。昨日《きのう》の電
前へ 次へ
全746ページ中339ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング