った。何かいう兄よりも何も云わないお延の方に、彼女はいつでも余分の非難を投げかけていた。兄がもしあれほど派手好《はでず》きな女と結婚しなかったならばという気が、始終《しじゅう》胸の底にあった。そうしてそれは身贔負《みびいき》に過ぎない、お延に気の毒な批判であるという事には、かつて思い至らなかった。
 お秀は自分の立場をよく承知しているつもりでいた。兄夫婦から煙《けむ》たがられないまでも、けっして快よく思われていないぐらいの事には、気がついていた。しかし自分の立場を改めようという考は、彼女の頭のどこにも入って来なかった。第一には二人が厭《いや》がるからなお改めないのであった。自分の立場を厭がるのが、結局自分を厭がるのと同じ事に帰着してくるので、彼女はそこに反抗の意地を出したくなったのである。第二には正しいという良心が働らいていた。これはいくら厭がられても兄のためだと思えば構わないという主張であった。第三は単に派手好なお延が嫌《きらい》だという一点に纏《まと》められてしまわなければならなかった。お延より余裕のある、またお延より贅沢《ぜいたく》のできる彼女にして、その点では自分以下のお延がな
前へ 次へ
全746ページ中331ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング