どうした訳か、下女が帰って来ないもんだから、仕方なしに僕の相手になっている。それがちゃんと僕には分るんです。けれども奥さんはただ僕を厭な奴《やつ》だと思うだけで、なぜ僕がこんな厭な奴になったのか、その原因を御承知ない。だから僕がちょっとそこを説明して上げたのです。僕だってまさか生れたてからこんな厭な奴でもなかったんでしょうよ、よくは分りませんけれどもね」
 小林はまた大きな声を出して笑った。

        八十六

 お延の心はこの不思議な男の前に入り乱れて移って行った。一には理解が起らなかった。二には同情が出なかった。三には彼の真面目《まじめ》さが疑がわれた。反抗、畏怖《いふ》、軽蔑、不審、馬鹿らしさ、嫌悪《けんお》、好奇心、――雑然として彼女の胸に交錯《こうさく》したいろいろなものはけっして一点に纏《まと》まる事ができなかった。したがってただ彼女を不安にするだけであった。彼女はしまいに訊《き》いた。
「じゃあなたは私を厭《いや》がらせるために、わざわざここへいらしったと言明なさるんですね」
「いや目的はそうじゃありません。目的は外套《がいとう》を貰いに来たんです」
「じゃ外套を
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