のは、下女でも書生でもなく、ちょうどその時彼女と同じように京都の家《うち》へ来ていた由雄であった。
二人は固《もと》よりそれまでに顔を合せた事がなかった。お延の方ではただ噂《うわさ》で由雄を知っているだけであった。近頃家へ帰って来たとか、または帰っているとかいう話は、その朝始めて父から聞いたぐらいのものであった。それも父に新らしく本を借りようという気が起って、彼がそのための手紙を書いた。事のついでに過ぎなかった。
由雄はその時お延から帙入《ちついり》の唐本《とうほん》を受取って、なぜだか、明詩別裁《みんしべっさい》という厳《いか》めしい字で書いた標題を長らくの間見つめていた。その見つめている彼を、お延はまたいつまでも眺めていなければならなかった。すると彼が急に顔を上げたので、お延が今まで熱心に彼を見ていた事がすぐ発覚してしまった。しかし由雄の返事を待ち受ける位地に立たせられたお延から見れば、これもやむをえない所作《しょさ》に違なかった。顔を上げた由雄は、「父はあいにく今留守ですが」と云った。お延はすぐ帰ろうとした。すると由雄がまた呼びとめて、自分の父|宛《あて》の手紙を、お延の見て
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