玄関の格子《こうし》を開ける音と共に、台所の方から駈《か》け出して来たお時は、彼女の予期通り「お帰り」と云って、鄭寧《ていねい》な頭を畳の上に押し付けた。お延は昨日に違った下女の判切《はっきり》した態度を、さも自分の手柄《てがら》ででもあるように感じた。
「今日は早かったでしょう」
 下女はそれほど早いとも思っていないらしかった。得意なお延の顔を見て、仕方なさそうに、「へえ」と答えたので、お延はまた譲歩した。
「もっと早く帰ろうと思ったんだけれどもね、つい日が短かいもんだから」
 自分の脱ぎ棄てた着物をお時に畳ませる時、お延は彼女に訊《き》いた。
「あたしのいない留守に何にも用はなかったろうね」
 お時は「いいえ」と答えた。お延は念のためもう一遍問を改めた。
「誰も来《き》やしなかったろうね」
 するとお時が急に忘れたものを思い出したように調子高《ちょうしだか》な返事をした。
「あ、いらっしゃいました。あの小林さんとおっしゃる方が」
 夫の知人としての小林の名はお延の耳に始めてではなかった。彼女には二三度その人と口を利《き》いた記憶があった。しかし彼女はあまり彼を好いていなかった。
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