った。お延もそれ以上説明する面倒を取らなかった。二人はちょっと会話を途切《とぎ》らした後でまた実際問題に立ち戻った。しかし今まで自分の経済に関して余り心を痛めた事のない津田には、別にどうしようという分別《ふんべつ》も出なかった。「御父さんにも困っちまうな」というだけであった。
お延は偶然思いついたように、今までそっちのけにしてあった、自分の晴着と帯に眼を移した。
「これどうかしましょうか」
彼女は金《きん》の入った厚い帯の端《はじ》を手に取って、夫の眼に映るように、電灯の光に翳《かざ》した。津田にはその意味がちょっと呑《の》み込めなかった。
「どうかするって、どうするんだい」
「質屋へ持ってったら御金を貸してくれるでしょう」
津田は驚ろかされた。自分がいまだかつて経験した事のないようなやりくり算段《さんだん》を、嫁に来たての若い細君が、疾《と》くの昔から承知しているとすれば、それは彼にとって驚ろくべき価値のある発見に相違なかった。
「御前自分の着物かなんか質に入れた事があるのかい」
「ないわ、そんな事」
お延は笑いながら、軽蔑《さげす》むような口調で津田の問を打ち消した。
「じ
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