ゃ質に入れるにしたところで様子が分らないだろう」
「ええ。だけどそんな事何でもないでしょう。入れると事がきまれば」
 津田は極端な場合のほか、自分の細君にそうした下卑《げび》た真似《まね》をさせたくなかった。お延は弁解した。
「時《とき》が知ってるのよ。あの婢《おんな》は宅《うち》にいる時分よく風呂敷包を抱えて質屋へ使いに行った事があるんですって。それから近頃じゃ端書《はがき》さえ出せば、向うから品物を受取りに来てくれるっていうじゃありませんか」
 細君が大事な着物や帯を自分のために提供してくれるのは津田にとって嬉《うれ》しい事実であった。しかしそれをあえてさせるのはまた彼にとっての苦痛にほかならなかった。細君に対して気の毒というよりもむしろ夫の矜《ほこ》りを傷《きずつ》けるという意味において彼は躊躇《ちゅうちょ》した。
「まあよく考えて見よう」
 彼は金策上何らの解決も与えずにまた二階へ上《あが》って行った。

        九

 翌日津田は例のごとく自分の勤め先へ出た。彼は午前に一回ひょっくり階子段《はしごだん》の途中で吉川に出会った。しかし彼は下《くだ》りがけ、向《むこう》は
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