この苦《にが》い酒を醸《かも》す醗酵分子《はっこうぶんし》となって、どんな具合に彼女の頭のなかに入り込んだのかと訊《き》かれると、彼女はとても判然《はっきり》した返事を与えることができなかった。彼女はただ不明暸《ふめいりょう》な材料をもっていた。そうして比較的明暸な断案に到着していた。材料に不足な掛念《けねん》を抱《いだ》かない彼女が、その断案を不備として疑うはずはなかった。彼女は総《すべ》ての源因が吉川夫人にあるものと固く信じていた。
 芝居が了《は》ねていったん茶屋へ引き上げる時、お延はそこでまた夫人に会う事を恐れた。しかし会ってもう少し突ッ込んで見たいような気もした。帰りを急ぐ混雑《ごたごた》した間際《まぎわ》に、そんな機会の来るはずもないと、始めから諦《あき》らめている癖に、そうした好奇の心が、会いたくないという回避の念の蔭《かげ》から、ちょいちょい首を出した。
 茶屋は幸にして異《ちが》っていた。吉川夫婦の姿はどこにも見えなかった。襟《えり》に毛皮の付いた重そうな二重廻《にじゅうまわ》しを引掛《ひっか》けながら岡本がコートに袖《そで》を通しているお延を顧《かえり》みた。
「今
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