女が喜こんで彼を見返そうとする刹那《せつな》に、「いや疳違《かんちが》いをしちゃいけない、何をしているかちょっと覗《のぞ》いて見ただけだ。お前なんかに用のあるおれじゃない」という意味を、眼つきで知らせるものであった。騙《だま》されたお延は何だ馬鹿らしいという気になった。すると同時に津田の姿も幽霊のようにすぐ消えた。二度目にはお延の方から「もうあなたのような方の事は考えて上げません」と云い渡した。三度目に津田の姿が眼に浮んだ時、彼女は舌打《したうち》をしたくなった。
食堂へ入る前の彼女はいまだかつて夫の事を念頭においていなかったので、お延に云わせると、こういう不可抗な心の作用は、すべて夕飯後《ゆうめしご》に起った新らしい経験にほかならなかった。彼女は黙って前後|二様《によう》の自分を比較して見た。そうしてこの急劇な変化の責任者として、胸のうちで、吉川夫人の名前を繰《く》り返《かえ》さない訳に行かなかった。今夜もし夫人と同じ食卓《テーブル》で晩餐《ばんさん》を共にしなかったならば、こんな変な現象はけっして自分に起らなかったろうという気が、彼女の頭のどこかでした。しかし夫人のいかなる点が、
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