も同じ言葉を繰り返して夫人の説明を促《うな》がした。
「じゃ云いましょう」と最後に応じた時の夫人の様子はむしろ得意であった。「その代り訊《き》きますよ」と断った彼女は、はたして劈頭《へきとう》に津田の毒気《どっき》を抜いた。
「あなたはなぜ清子さんと結婚なさらなかったんです」
 問は不意に来た。津田はにわかに息塞《いきづま》った。黙っている彼を見た上で夫人は言葉を改めた。
「じゃ質問を易《か》えましょう。――清子さんはなぜあなたと結婚なさらなかったんです」
 今度は津田が響の声に応ずるごとくに答えた。
「なぜだかちっとも解らないんです。ただ不思議なんです。いくら考えても何にも出て来ないんです」
「突然|関《せき》さんへ行っちまったのね」
「ええ、突然。本当を云うと、突然なんてものは疾《とっく》の昔《むかし》に通り越していましたね。あっと云って後《うしろ》を向いたら、もう結婚していたんです」
「誰があっと云ったの」
 この質問ほど津田にとって無意味なものはなかった。誰があっと云おうと余計なお世話としか彼には見えなかった。然《しか》るに夫人はそこへとまって動かなかった。
「あなたがあっと云ったんですか。清子さんがあっと云ったんですか。あるいは両方であっと云ったんですか」
「さあ」
 津田はやむなく考えさせられた。夫人は彼より先へ出た。
「清子さんの方は平気だったんじゃありませんか」
「さあ」
「さあじゃ仕方がないわ、あなた。あなたにはどう見えたのよ、その時の清子さんが。平気には見えなかったの」
「どうも平気のようでした」
 夫人は軽蔑《けいべつ》の眼を彼の上に向けた。
「ずいぶん気楽ね、あなたも。清子さんの方が平気だったから、あなたがあっと云わせられたんじゃありませんか」
「あるいはそうかも知れません」
「そんならその時のあっ[#「あっ」に傍点]の始末はどうつける気なの」
「別につけようがないんです」
「つけようがないけれども、実はつけたいんでしょう」
「ええ。だからいろいろ考えたんです」
「考えて解ったの」
「解らないんです。考えれば考えるほど解らなくなるだけなんです」
「それだから考えるのはもうやめちまったの」
「いいえやっぱりやめられないんです」
「じゃ今でもまだ考えてるのね」
「そうです」
「それ御覧なさい。それがあなたの未練じゃありませんか」
 夫人はとうとう津田を自分の思うところへ押し込めた。

        百四十

 準備はほぼ出来上った。要点はそろそろ津田の前に展開されなければならなかった。夫人は機を見てしだいにそこへ入って行った。
「そんならもっと男らしくしちゃどうです」という漠然《ばくぜん》たる言葉が、最初に夫人の口を出た。その時津田はまたかと思った。先刻《さっき》から「男らしくしろ」とか「男らしくない」とかいう文句を聴《き》かされるたびに、彼は心の中で暗《あん》に夫人を冷笑した。夫人の男らしいという意味ははたしてどこにあるのだろうと疑ぐった。批判的な眼を拭《ぬぐ》って見るまでもなく、彼女は自分の都合ばかりを考えて、津田をやり込めるために、勝手なところへやたらにこの言葉を使うとしか解釈できなかった。彼は苦笑しながら訊《き》いた。
「男らしくするとは?――どうすれば男らしくなれるんですか」
「あなたの未練を晴らすだけでさあね。分り切ってるじゃありませんか」
「どうして」
「全体どうしたら晴らされると思ってるんです、あなたは」
「そりゃ私には解りません」
 夫人は急に勢《きお》い込んだ。
「あなたは馬鹿ね。そのくらいの事が解らないでどうするんです。会って訊くだけじゃありませんか」
 津田は返事ができなかった。会うのがそれほど必要にしたところで、どんな方法でどこでどうして会うのか。その方が先決問題でなければならなかった。
「だから私《わたし》が今日わざわざここへ来たんじゃありませんか」と夫人が云った時、津田は思わず彼女の顔を見た。
「実は疾《と》うから、あなたの料簡《りょうけん》をよく伺って見たいと思ってたところへね、今朝《けさ》お秀さんがあの事で来たもんだから、それでちょうど好い機会だと思って出て来たような訳なんですがね」
 腹に支度の整わない津田の頭はただまごまごするだけであった。夫人はそれを見澄《みすま》してこういった。
「誤解しちゃいけませんよ。私は私、お秀さんはお秀さんなんだから。何もお秀さんに頼まれて来たからって、きっとあの方《かた》の肩ばかり持つとは限らないぐらいは、あなたにだって解るでしょう。先刻《さっき》も云った通り、私はこれでもあなたの同情者ですよ」
「ええそりゃよく心得ています」
 ここで問答に一区切《ひとくぎり》を付けた夫人は、時を移さず要点に達する第二の段落に這入《はい》り込んで行った。
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