一は空家《あきや》である。残る三分の一には無論人が住んでいる。けれどもその主人はたいてい月給を取って衣食するものとしか受け取れない構《かまえ》である。新市街という名はあるにしても、その実《じつ》は閑静な寂《さび》れた屋敷町に過ぎない。その屋敷のどこにスキ焼を食わす家があるかと思うと、一種小説に近い心持が起る。
 ただ、昼の疲れを忘れるため、胃の不安を逃《のが》れるため、早く湯に入って、レースの蚊帳《かや》の中で、穏かに寝たかった。そこで給仕に、今湯に這入りかけているからね、少し時間が取れるかも知れないから、田中さんに、どうか御先《おさき》へと云ってくれと頼んだ。すると傍《そば》にいる橋本が例のごとく、そりゃいかんよと云い出した。せっかく誘ってくれるものを、そんな挨拶《あいさつ》をする法はないぜと、また長い説教が始まりそうで恐ろしくなったので、仕方がないからうんよしよし、それじゃあね、今湯に這入《はい》っていますから、すぐ行きますってそう云ってくれ、よく云うんだよ、分ったかねと念を押してすぐ風呂に飛込んだ。
 そうして、少しも弱った顔を見せずにみんなと連れ立って、ホテルを出た。空はよく晴
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