に似た御影《みかげ》の角柱《かくちゅう》が立っていた。その右を少しだらだらと降りたところが新《あらた》に土を掘返したごとく白茶《しらちゃ》けて見える。不思議な事にはところどころが黒ずんで色が変っている。これが石油を襤褸《ぼろ》に浸《し》み込《こ》まして、火を着けて、下から放《ほう》り抛《な》げたところですと、市川君はわざわざ崩《くず》れた土饅頭《どまんじゅう》の上まで降りて来た。その時|遥《はるか》下の方を見渡して、山やら、谷やら、畠《はたけ》やら、一々実地の地形について、当時の日本軍がどう云う径路《けいろ》をとって、ここへじりじり攻め寄せたかをついでながら物語られた。不幸にして、二百三高地の上までは来たようなものの、どっちが東でどっちが西か、方角がまるで分らない。ただ広々として、山の頭がいくつとなく起伏している一角に、藍色《あいいろ》の海が二カ処ほど平《ひら》たく見えるだけである。余はただ朗かな空の下に立って、市川君の指さす方《かた》を眺《なが》めていた。
 自分でここへ攻め寄せて来た経験をもっている市川君の話は、はなはだ詳しいものであった。市川君の云うところによると、六月から十二月
前へ 次へ
全178ページ中92ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング