同郷だと云うから、差し向いで芥舟の評判を少しやった。
 また室《へや》を出て海を眺めた。すると先刻《さっき》黒い影を波の上に残して、遠くの向うを動いていた船が、すぐ眼の前に見える。大きさは鉄嶺丸《てつれいまる》とほぼ同じぐらいに思われるが、船足《ふなあし》がだいぶ遅《のろ》いと見えて、しばらくの間《ま》にもうこれほど追《おっ》つかれたのである。欄干《らんかん》に頬杖《ほおづえ》を突いて、見ていると鉄嶺丸が刻一刻と後《うしろ》から逼《せま》って行くのがよく分る。しまいには黄色い文字で書いた営口丸《えいこうまる》の三字さえ明《あきら》かに読めるようになった。やがて余の船の頭が営口丸の尻より先へ出た。そうして、尻から胴の方へじりじりと競《せ》り上《あ》げて行った。船は約一丁を隔ててほとんど並行《へいこう》の姿勢で進行している。もう七八分すると、余の船は全く営口丸を乗り切る事ができそうに思われた。時に約一丁もあろうと云う船と船の間隔が妙に逼《せま》って来た。向うの甲板にいる乗客《じょうかく》の影が確《たしか》に勘定《かんじょう》ができるようになった。見るとことごとく西洋人である。中には眼鏡《め
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