客間にして古い仏像やら鏡やら銅器陶器の類《たぐい》を奇麗《きれい》に飾っているから、客間を見ただけではただ一通りの風流人としか見えない。相生さんは満鉄の社員として埠頭事務所《ふとうじむしょ》の取締である。
もっと卑近な言葉で云うと、荷物の揚卸《あげおろし》に使われる仲仕《なかし》の親方をやっている。かつて門司の労働者が三井に対してストライキをやったときに、相生さんが進んでその衝に当ったため、手際《てぎわ》よく解決が着いたとか云うので、満鉄から仲仕の親分として招聘《しょうへい》されたようなものである。実際相生さんは親分気質《おやぶんかたぎ》にでき上っている。満鉄から任用の話があったとき、子供が病気で危篤《きとく》であったのに、相生さんはさっさと大連へ来てしまった。来て一週間すると子供が死んだと云う便《たよ》りがあった。相生さんは内地を去る時、すでにこの悲報を手にする覚悟をしていたのだそうだ。
相生さんは大連に来るや否や、仲仕その他すべて埠頭に関する事務を取り扱う連中を集めてここに一部落を築き上げた。相生さんの家を通り越すと、左右に並んでいる建物は皆自分の経営になったものばかりである。
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