う重宝《ちょうほう》な家《うち》なんだそうである。
 始めのうちは股野の自慢を好加減《いいかげん》に聞き流して、そうかそうかと答えていたが、せっかくの好意ではあるし、もともと気の多い男だから、都合によっては少し厄介《やっかい》になっても好いぐらいに思って、ついでの時|是公《ぜこう》にこの話をすると、そんな所へ行っちゃいかんとたちまち叱られてしまった。もしホテルが厭《いや》なら、おれの宅へ来い、あの部屋へ入れてやるからと云うんで、書斎の次の畳の敷いてある間を見せてくれるんだが、別に西洋流の宿屋に愛想《あいそ》をつかした訳でもないんだから、じゃ厄介になろうとも云わなかった。
 是公は書斎の大きな椅子《いす》の上に胡坐《あぐら》をかいて、河豚《ふぐ》の干物《ひもの》を噛《かじ》って酒を呑《の》んでいる。どうして、あんな堅いものが胃に収容できるかと思うと、実に恐ろしくなる。そうこうする内に、おいゼムを持っているなら少しくれ、何だかおれも胃が悪くなったようだと手を出した。そうして、胃が悪いときは、河豚の干物でも何でも、ぐんぐん喰って、胃病を驚かしてやらなければ駄目だ。そうすればきっと癒《なお》る
前へ 次へ
全178ページ中59ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング