きな鉄の桶《おけ》に吸上げられて、静《しずか》に深そうに淀《よど》んでいるところを、二階へ上がって三つも四つも覗《のぞ》き込んだときには、恐ろしくなった。この中に落ちて死ぬ事がありますかと、案内に聞いたら、案内は平気な顔をして、まあ滅多《めった》に落ちるような事はありませんねと答えたが、余はどうしても落ちそうな気がしてならなかった。
 クーリーは実にみごとに働きますね、かつ非常に静粛だ。と出がけに感心すると、案内は、とても日本人には真似《まね》もできません。あれで一日五六銭で食っているんですからね。どうしてああ強いのだか全く分りませんと、さも呆《あき》れたように云って聞かせた。

        十八

 股野が先生私の宅《うち》へ来なさらんか、八畳の間が空《あ》いています、夜具も蒲団《ふとん》もあります。ホテルにいるより呑気《のんき》で好いでしょうと親切に云ってくれる。何でも股野の家の座敷からは、大連が一目に見渡されるのみならず、海が手に取るように眺められるのみならず、海の向うに連《つら》なる突兀《とっこつ》極まる山脈さえ、坐っていると、窓の中に向うから這入《はい》って来てくれるとい
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