と思うと、すぐ出している。出すときには、風呂敷の四隅を攫《つか》んで、濛々《もうもう》と湯気の立つやつを床《ゆか》の上に放り出す。赤銅《しゃくどう》のような肉の色が煙の間から、汗で光々《ぴかぴか》するのが勇ましく見える。この素裸《すはだか》なクーリーの体格を眺めたとき、余はふと漢楚軍談《かんそぐんだん》を思い出した。昔|韓信《かんしん》に股を潜《くぐ》らした豪傑はきっとこんな連中に違いない。彼等は胴から上の筋肉を逞《たくま》しく露《あら》わして、大きな足に牛の生皮《きがわ》を縫合せた堅《かた》い靴を穿《は》いている。蒸した豆を藺《い》で囲んで、丸い枠《わく》を上から穿《は》めて、二尺ばかりの高さになった時、クーリーはたちまちこの靴のまま枠《わく》の中に這入《はい》って、ぐんぐん豆を踏み固める。そうして、それを螺旋《らせん》の締棒《しめぼう》の下に押込んで、把《て》をぐるぐると廻し始める。油は同時に搾《しぼ》られて床下《ゆかした》の溝《みぞ》にどろどろに流れ込む。豆は全くの糟《かす》だけになってしまう。すべてが約二三分の仕事である。
この油が喞筒《ポンプ》の力で一丈四方もあろうという大
前へ
次へ
全178ページ中57ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング