、米俵のように軽いものではないそうである。それを遥《はるか》の下から、のそのそ背負《しょ》って来ては三階の上へ空《あ》けて行く。空けて行ったかと思うとまた空けに来る。何人がかりで順々に運んでくるのか知れないが、その歩調から態度から時間から、間隔からことごとく一様である。通り路は長い厚板を坂に渡して、下から三階までを、普請《ふしん》の足場のように拵《こしら》えてある。彼等はこの坂の一つを登って来て、その一つをまた下りて行く。上《のぼ》るものと下りるものが左右の坂の途中で顔を見合せてもほとんど口を利《き》いた事がない。彼等は舌のない人間のように黙々として、朝から晩まで、この重い豆の袋を担《かつ》ぎ続けに担いで、三階へ上っては、また三階を下《くだ》るのである。その沈黙と、その規則ずくな運動と、その忍耐とその精力とはほとんど運命の影のごとくに見える。実際立って彼等を観察していると、しばらくするうちに妙に考えたくなるくらいである。
 三階から落ちた豆が下へ回るや否や、大きな麻風呂敷《あさぶろしき》が受取って、たちまち釜《かま》の中に運び込む。釜の中で豆を蒸《む》すのは実に早いものである。入れるか
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