えず、せっかくの友達を、他人扱いにして五十日間通して来たのは遺憾《いかん》である。
船の中は比較的楽だった。二百十日《にひゃくとおか》の明《あく》る日に神戸を立ったのだから、多少の波風は無論おいでなさるんだろうと思ってちゃんと覚悟をきめていたところが、天気が存外|呑気《のんき》にできたもので、神戸から大連に着くまでたいていは鈍《にぶ》り返っていた。甲板《かんぱん》の上に若い英吉利《イギリス》の男が犬を抱いて穏かに寝ていたと云ったら、海のようすもたいていは想像されるだろうと思う。
ありゃ何ですかと事務長の佐治《さじ》さんに聞くと、え、あれは英国の副領事《ふくりょうじ》だそうですと、佐治さんが答えた。副領事かも知れないが余には美しい二十一二の青年としか思われなかった、これに反して犬はすこぶる妙な顔をしていた。もっともブルドッグだから両親からしてすでに普通の顔とは縁の遠い方に違いない。したがって特にこいつだけを責めるのは残酷だが、一方から云うと、また不思議に妙な顔をしているんだからやむをえない。この犬はその後《ご》大連に渡って大和《やまと》ホテルに投宿した。そうとはちっとも知らずに、食堂
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