へ落ち延びたのである。その落第の張本《ちょうほん》とも云うべき彼が、いくら年を取ったって、かほどに慇懃《いんぎん》になろうとは思いも寄らぬ事であった。今日は午後から満鉄の社へ行って、蒙古旅行に関する話をするんだと云っている。

        十五

 河村さんの書いてくれた表《ひょう》を見ると、娯楽機関という題目のもとに、倶楽部《クラブ》とか会とか名のつくものが十ばかり並べてある。中にはゴルフ会だの、ヨット倶楽部だのと、名前からして洒落《しゃれ》たのさえ、ちらほら見える。ヨット倶楽部の下に(ただし一|艘《そう》)と括弧《かっこ》で註がついているのは、新設だからまだ一艘しかないという意味なんだろう。
 参観すべき場所と云う標題《みだし》のもとには、山城町《やまぎちょう》の大連医院だの、児玉町《こだまちょう》の従業員養成所だの近江町《おうみちょう》の合宿所だの、浜町《はまちょう》の発電所だの、何だのかだのみんなで十五六ほどある。なるほどこれでは大連に一週間ぐらいいなければ、満鉄の事業も一通り観《み》る訳に行かないと云われるはずだ。しかも是公《ぜこう》は是非共|万遍《まんべん》なくよく観て
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