《きわ》どく引っ掛っている。橋本は威勢の好い男だから、ある時詩を作って連中一同に示した。韻《いん》も平仄《ひょうそく》もない長い詩であったが、その中に、何ぞ憂《うれ》えん席序下算《せきじょかさん》の便《べん》と云う句が出て来たので、誰にも分らなくなった。だんだん聞いて見ると席序下算の便とは、席順を上から勘定《かんじょう》しないで、下から計算する方が早分りだと云う意味であった。まるで御籤《おみくじ》みたような文句である。我々はみんなこの御籤にあたってひやひやしていた。
そのうち下算《かさん》にも上算《じょうさん》にもまるで勘定に這入らないものが、ぽつぽつできて来た。一人消え、二人消えるうちに橋本がいた。是公《ぜこう》がいた。こう云う自分もいた。大連で是公に逢《あ》って、この落第の話が出た時、是公は、やあ、あの時貴様も落第したのかな。そいつは頼母《たのも》しいやと大いに嬉《うれ》しがるから、落第だって、落第の質《たち》が違わあ。おれのは名誉の負傷だと答えておいた。
是公だの、余だの、今の旅順の警視総長《けいしそうちょう》だのが落ちながら、ぶら下がっている間に、左五だけは決然として北海道
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