行かなくっちゃいけないよと命令的に注意するんだから、容易じゃない。その上よく観て、何でも気がついた事があるなら、そう云いなさいと、あたかも余を視察家扱にするんだからなおさら痛み入る。余は手に持った表に一通り眼を通しながら、傍《そば》にいる股野に、おい少し出て見るかなと云った。股野は固《もと》より余を連れて、大連中ぐるぐる引き廻す気で来ている。もっとも別段社からつけてくれたという訳じゃないんだが、本人の特志で社の用事をすっぽかす了見《りょうけん》らしい。そうしていつの間にか、ホテルへ馬車を云いつけている。
余は股野と相乗りで立派な馬車を走らして北公園に行った。と云うと大層だが、車の輪が五六度回転すると、もう公園で、公園に這入《はい》ったかと思うと、もう突き抜けてしまった。それから社員倶楽部と云うのに連れて行かれて、謡《うたい》の先生の月給が百五十円だと云う事を聞いて、また馬車へ乗って、今度は川崎造船所の須田君の所の工場を外から覗《のぞ》き込んで、すぐ隣の事務所に這入って、須田君に昨日《きのう》の御礼を述べた。事務所の前がすぐ海で、船渠《ドック》の中が蒼《あお》く澄んでいる。あれで何噸《
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