躍している。闥《ドーア》を排《はい》して這入って来るや否や、どうだ相変らず頑健《がんけん》かねと聞かざるを得なかったくらいである。
十四
ええまあ相変らずでと、橋本は案に相違した落ちつき方である。昔予備門に這入って及第だとか落第だとか騒いでいた時分にはけっしてこう穏かじゃなかった。彼の鼻の先が反返《そりかえ》っているごとく、彼は剽軽《ひょうきん》でかつ苛辣《からつ》であった。余はこの鼻のためによく凹《へこ》まされた事を記憶している。
その頃は大勢で猿楽町《さるがくちょう》の末富屋《すえとみや》という下宿に陣取っていた。この同勢は前後を通じると約十人近くあったが、みんな揃《そろ》いも揃った馬鹿の腕白で、勉強を軽蔑《けいべつ》するのが自己の天職であるかのごとくに心得ていた。下読などはほとんどやらずに、一学期から一学期へ辛《かろ》うじて綱渡りをしていた。英語は教場であてられた時に、分らない訳《やく》を好い加減につけるだけであった。数学はできるまで塗板《ボールド》の前に立っているのを常としていた。余のごときは毎々一時間ぶっ通しに立往生をしたものだ。みんなが代数書を抱えて
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