うとしかけたところへ、ボーイ頭《がしら》が来て、ただいま総裁からの電話で、今夜舞踏会へおいでになるか伺《うかが》えと云う事でございますがと云うから、行かないと返事をしてくれと頼んで、本当に寝てしまった。眼が覚《さ》めたら雨はいつの間にか歇《や》んで、奇麗《きれい》な空が磨き上げたように一色《ひといろ》に広く見える中に、明かな月が出ていた。余は硝子越《ガラスごし》にこの大きな色を覗《のぞ》いて、思わず是公のために、舞踏会の成功を祝した。
後で本人に聞いて見ると、是公はその夜舞踏の済んだ後で、多数の亜米利加士官《アメリカしかん》と共に倶楽部《クラブ》のバーに繰り込んだのだそうだ。そこで、士官連が是公に向って、今夜の会は大成功であるとか、非常に盛《さかん》であったとか、口々に賛辞を呈《てい》したものだから、是公はやむをえず、大声《たいせい》を振り絞《しぼ》って gentlemen《ゼントルメン》! と叫んだ。すると今までがやがや云っていた連中が、総裁の演説でも始まる事と思って、一度に口を閉《と》じて、満場は水を打ったように静かになった。是公は固《もと》よりゼントルメンの後《あと》を何とかつ
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