ない貧乏人のくせに、ああやって、鳥をぶら下げて、山の中をまごついて、鳥籠を樹《き》の枝に釣るして、その下に坐って、食うものも食わずにおとなしく聞いているんだよ。それがもし二人集まれば鳴《な》き競《くらべ》をするからね。ああ実に風雅なものだよ。としきりに支那人を賞《ほ》めている。余はポッケットからゼムを出して呑《の》んだ。
十
政樹公《まさきこう》が大連の税関長になっていると聞いてちょっと驚いた。政樹公には十年|前《ぜん》上海《シャンハイ》で出逢《であ》ったきりである。その時政樹公は、サー・ロバート・ハートの子分になって、やはりそこの税関に勤務していた。政樹公の大学を卒業したのは余より二年前で、二人共同じ英文科の出身だから、職業違いであるにかかわらず、比較的縁が近いのである。
政樹公の姓は立花《たちばな》と云って柳川藩《やながわはん》だから、立派な御侍《おさむらい》に違ない。それをなぜ立花さんと云わないで、政樹公と呼ぶかと云うに、同じ頃同じ文科に同藩から出た同姓の男がいた。しかも双方共寄宿舎に這入《はい》っていたものだから、立花君や立花さんでは紛《まぎ》れやすくて
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