うと云われるので、三人で涼しい夜の電灯の下《もと》に出た。広い通りを一二丁来ると日本橋《にほんばし》である。名は日本橋だけれどもその実は純然たる洋式で、しかも欧洲の中心でなければ見られそうもないほどに、雅《が》にも丈夫《じょうぶ》にもできている。三人は橋の手前にある一棟《ひとむね》の煉瓦造《れんがづく》りに這入《はい》った。誰かいるかなと、玉突場を覗《のぞ》いたが、ただ電灯が明るく点《つ》いているだけで玉の鳴る音はしなかった。読書室へ這入ったが、西洋の雑誌が、秩序よく列《なら》べてあるばかりで、ページを繰る手の影はどこにも見えなかった。将棋|歌留多《かるた》をやる所へ這入って腰をかけて見たが、三人の尻をおろしたほかは、椅子《いす》も洋卓《テーブル》もことごとく空《あ》いていた。今日は遅いので西洋人がいないからつまらないと是公が云う。是公の会話の下手な事は天品《てんぴん》と云うくらいなものだから、不思議に思って、御前は平生ここに出入《でいり》して赤髯《あかひげ》と交際するのかと聞いたら、まあ来た事はないなと澄ましている。それじゃ西洋人がいなくってつまらないどころか、いなくって仕合せなくら
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