》しく語って聞かせた。余はなるほどなるほどと聞いていた。次に御前は門司《もじ》を見たかと聞いた。次にあすこの石炭はもう沢山《たんと》は出まいと聞いた。沢山は出まいと答えた。実は沢山出るか出ないか知らなかったのである。
しばらくして、君は旅順に行った事があるかとまた同じ事を尋ね出した。少々変だが面倒だから、いやまだだと、こっちも前《ぜん》同様な返事をしておいた。すると旅順に行くには朝八時と十一時の汽車があって……とまた先刻《さっき》と寸分《すんぶん》違わないような案内者めいた事を云って聞かせた。先が先だから余も依然としてなるほどなるほどを繰り返した。最後に突然御前は日本人かと尋ねた。余はそうだと正直なところを答えたようなものの、今までは何国人《どこじん》と思われていたんだろうかと考えると、多少心細かった。
余は日本人なりの答を得るや否や、この男が、おれも四十年前横浜に行った事があるが、どうも日本人は叮嚀《ていねい》で親切で慇懃《いんぎん》で実に模範的国民だなどとしきりに御世辞《おせじ》を振り廻し始めた。せっかくだとは思ったが、是公との約束もある事だから、好い加減なところで談話を切り上
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