だか》でボールトを外《はず》すと、はたして是公《ぜこう》が杖《つえ》を突いて戸口に立っていた。来るなら電報でもちょっとかければ好いものをと云う。どこへ行っていたんだと聞くと、ベースボールを観《み》て、それから舟を漕《こ》いでいたと云う挨拶《あいさつ》である。飯を食ったら遊びに来なさいと案内をするから、よろしいと答えてまた戸を締《し》めた。締めながら、おいこの宿は少し窮屈だね、浴衣《ゆかた》でぶらぶらする事は禁制なんだろうと聞いたら、ここが厭《いや》なら遼東《りょうとう》ホテルへでも行けと云って帰って行った。
 例刻に食堂へ下りて飯を食ったら、知らない西洋人といっしょの卓《テーブル》へ坐らせられた。その男が御免《ごめん》なさい、どうも嚏《くしゃみ》が出てと、手帛《ハンケチ》を鼻へ当てたが、嚏の音はちっともしなかったから、余はさあさあと、暗《あん》に嚏を奨励《しょうれい》しておいた。この男は自分で英人だと名乗った。そうして御前は旅順《りょじゅん》を見たかと余に尋ねた。旅順を見ないなら教えるが、いつの汽車で行って、どことどこを見て、それからいつの汽車で帰るが好いと、自分のやった通りを委《くわ
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