のと同じだから、一対《いっつい》を二つに分けたものだろうと思った。そのほかには長い幕の上に、大《おおき》な額がかかっていた。その左りの端に、小さく南満鉄道会社総裁後藤新平と書いてある。書体から云うと、上海辺《シャンハイへん》で見る看板のような字で、筆画《ひっかく》がすこぶる整っている。後藤さんも満洲へ来ていただけに、字が旨《うま》くなったものだと感心したが、その実《じつ》感心したのは、後藤さんの揮毫《きごう》ではなくって、清国皇帝の御筆《おふで》であった。右の肩に賜うと云う字があるのを見落した上に後藤さんの名前が小《ち》さ過《す》ぎるのでつい失礼をしたのである。後藤さんも清国皇帝に逢《あ》って、こう小さく呼《よ》び棄《ずて》に書かれちゃたまらない。えらい人からは、滅多《めった》に賜わったり何《なん》かされない方がいいと思った。
 沼田さんは給仕を呼んで、処々方々《しょしょほうぼう》へ電話をかけさして、是公の行方《ゆくえ》を聞き合せてくれたが全く分らない。米国の艦隊が港内に碇泊《ていはく》しているので、驩迎《かんげい》のため、今日はベースボールがあるはずだから、あるいはそれを観《み》に行
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