、御寺の本堂を客間に仕切ったと同じようである。釣り廊下を渡って正面の座敷を覗《のぞ》くと、骨董《こっとう》がいっぱい並べてあったので、何事かと思ったら、北京《ペキン》へ買出しに行った道具屋が、帰り途にここで逗留《とうりゅう》中の見世《みせ》を張ったのだと分ったから、冷し半分|這入《はい》って見ているうちに、時間が来たので、外へ出た。今度は車だから好かろうと安心して、ちょっとハイカラに膝頭《ひざがしら》を重ねて反《そ》り返《かえ》って見たが、やはりけっして無難ではない。人力は日本人の発明したものであるけれども、引子《ひきこ》が支那人もしくは朝鮮人である間はけっして油断してはいけない。彼等はどうせ他《ひと》の拵《こしら》えたものだという料簡《りょうけん》で、毫《ごう》も人力に対して尊敬を払わない引き方をする。海城《かいじょう》というところで高麗《こま》の古跡《こせき》を見に行った時なぞは、尻が蒲団《ふとん》の上に落ちつく暇がないほど揺れた。一尺ばかり跳《は》ね上げられる事は、一丁の間に一度は必ずあった。しまいに朝鮮人の頭をこきんと張つけてやりたくなったくらい残酷に取扱われた。奉天の道路は海
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