四十二

 ここだと云うので、降りたには降りたが、夜の事だから方角も見当もまるで分らない。頼りに思う停車場は縁日の夜店ほどに小さいものであった。その軒を離れるとなおさら淋しい。空には星があるが、高い所に己《おのれ》と光るのみで、足元の景気にはならなかった。汽車路を通って行くと、鉄軌《レール》の色が前後五六尺ばかり、提灯《ちょうちん》の灯《ひ》に照らされて、露《つゆ》のごとく映ってはまた消えて行く。そのほかに何も見えなかった。やがて右へ切れて堤のようなものをだらだらと下りる心持がしたが、それも六七歩を超《こ》えると、靴を置く土の感じが不断《ふだん》に戻ったので、また平地《ひらち》へ出たなと気がついた。すると虫の音《ね》が聞えだした。足元で少しばかり鳴いてるような家庭的なものではない。虫の音《ね》だと云う分別《ふんべつ》が出た時には、その声がもう左右前後に遠く続いていた。我々は一つの提灯《ちょうちん》を先にして、平原にはびこる無尽蔵の虫の音に包まれながら歩いた。
 今考えると、なかなか風流である。筆を執《と》って書いていても、魏叔子《ぎしゅくし》の大鉄椎《だいてっつい》の伝《でん》にある
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