尋ねると、まだでございますと云う。留守《るす》では仕方がない。どうしたものだろうと思って、石の上に佇《たた》ずんで首を傾《かたぶ》けているところへ、後《うしろ》に足音がするようだからふり向くと、先刻《さっき》鉄嶺丸で知己《ちかづき》になった沼田さんである。さあ、どうぞと云われるので、中《うち》に入った。沼田さんは先へ立って、ホールの突き当りにある厚い戸を開いた。その戸の中へ首を突っ込んで、室《へや》の奥を見渡した時に、こりゃ滅法広いなと思った。数字の観念に乏しい性質《たち》だから何畳敷だかとんと要領を得ないが、何でも細長い御寺の本堂のような心持がした。その広い座敷がただ一枚の絨毯《じゅうたん》で敷きつめられて、四角《よすみ》だけがわずかばかり華《はな》やかな織物の色と映《て》り合《あ》うために、薄暗く光っている。この大きな絨毯《じゅうたん》の上に、応接用の椅子《いす》と卓《テーブル》がちょんぼり二所《ふたところ》に並べてある。一方の卓と一方の卓とは、まるで隣家《りんか》の座敷ぐらい離れている。沼田さんは余をその一方に導いて席を与えられた。仰向《あおむ》いて見ると天井《てんじょう》がむや
前へ
次へ
全178ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング