さんすい》に似たり」と揮《ふる》ってしまったあとである。その次にはどこどこ聯隊長《れんたいちょう》何のなにがしと書いてある。宿帳だか、書画帖《しょがちょう》だか判然しないものの、第三頁に記念を遺《のこ》す事に差《さ》し逼《せま》って来た。橋本は帳面を見るや否や、向《むこう》を向いて澄ましている。余は仕方がないから、書くには書くが、少し待ってくれと頼んだ。すると御神《おかみ》さんが、そうおっしゃらずに、どうぞどうぞと二遍も繰返して御辞儀をする。無論|嘘《うそ》を吐《つ》く気は始めからないのだが、こう拝むようにされて書いてやるほどの名筆でもあるまいと思うと、困却《こんきゃく》と慚愧《ざんき》でほとほと持て余してしまう。時に橋本が例のごとく口を利《き》いてくれた。この人は嘘を云う男じゃないから、大丈夫ですよ今に何か書きますよと笑っている。余はまた世間話をしながら、その間に発句《ほっく》でも考え出さなければならなくなった。
 同情してくれる人はだいぶあると思うから白状するが、旅をして悪筆を懇望《こんもう》されるほど厄介《やっかい》な事はない。それも句作に熱心で壁柱《かべはしら》へでも書き散らし
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