《から》まる竹も杖《つえ》もないので、蔓《つる》と云わず、葉と云わず、花を包んで雑然と簇《むら》がるばかりである。朝顔の下はすぐ崖《がけ》で、崖の向うは広い河原《かわら》になる。水は崖の真下を少し流れるだけであった。
 橋本と余は、申し合せたように立って窓から外を眺めていた。首を出すと、崖下にも家が一軒ある。しかし屋根瓦《やねがわら》しか見えない。支那流の古い建物で、廻廊のような段々を藉《か》りて、余のいる部分に続いているらしく思われる。あれは何だいと聞いて見た。料理場と子供を置く所になっていますと答えた。子供とは酌婦《しゃくふ》芸妓《げいしゃ》の類《たぐい》を指《さ》すものだろうと推察した。眼の下に橋が渡してある。厚くはあるが幅一尺足らずの板を八つ橋に継《つ》いだものに過ぎない。水はただ砂を洗うほどに流れている。足の甲を濡《ぬ》らしさえすれば徒歩渉《かちわた》るのは容易である。橋本の後《あと》に食付《くっつ》いて手拭《てぬぐい》をぶら下げて、この橋を渡った時、板の真中で立ち留まって、下を覗《のぞ》き込んで見たら、砂が動くばかりで水の色はまるでなかった。十里ほど上《かみ》に遡《さかの》
前へ 次へ
全178ページ中111ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング