て見たが、実は余も知らなかった。為替《かわせ》の替《かわ》せると云う字じゃいけませんかとはなはだ文学者らしからぬ事を答えると、佐治さんは承知できない顔をして、だってあれは物を取り替える時に使うんでしょうとやり込めるから、やむをえず、じゃ仮名《かな》が好いでしょうと忠告した。佐治さんは呆《あき》れて出て行った。後で聞くと、衝突の始末を書くので、その中に、本船は身をかわしと云う文句を入れたかったのだそうである。

        四

 船が飯田河岸《いいだがし》のような石垣へ横にぴたりと着くんだから海とは思えない。河岸の上には人がたくさん並んでいる。けれどもその大部分は支那のクーリーで、一人見ても汚《きた》ならしいが、二人寄るとなお見苦しい。こうたくさん塊《かたま》るとさらに不体裁《ふていさい》である。余は甲板の上に立って、遠くからこの群集を見下《みおろ》しながら、腹の中で、へえー、こいつは妙な所へ着いたねと思った。そのうち船がだんだん河岸に近づいてくるに従って、陸《おか》の方で帽子を振って知人に挨拶《あいさつ》をするものなどができて来た。宣教師のウィンという人の妻君が、中村さんが多分迎
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